diary

想像通りという面白味のなさ

撮ってみないと、撮ってよかったなと思えないことはわかっているのに、撮ろうと思えないから撮らないことが多い。撮らないと始まらないことばかりなのに。

「とりあえず撮ってみる。」

言葉にするととってもシンプルなのに、これがなかなかできなくて、気づくと撮らないのが当たり前になっている。シンプルなことができなくなっている。良いと思ってシャッターを切っても、想像通りの写真しか上がってこなくて、想像通りというのに満足できなくなっている。

自分が面白いと思うことを写真にしても、自分にとってすでに面白くないのかもしれない。自分が面白い、と思えないようなことに手を出してみる面白さで凝り固まった価値観にジャブを与えるべく、なんでも撮ってみることを再び始めようと思う。


日記に書こうと思っていたけれど忘れていたことを思い出した。数日前に、朝のラジオで山下達郎のアルバム「bigwave」の中から「悲しみのJODY」が流れていた。「bigwave」は夏が近づくと聴きたくなるアルバムで、毎年6月ごろになると熱心に聴いているのだけれど、いつも聴いている曲がラジオから突然流れてくると、なんでこうも嬉しい気持ちになるのだろう。嬉しかった。思いがけず、気分が上がった。パーソナリティに、この人わかってるなぁと、上から関心した。

それと日記に書こうと思っていたけれど忘れていたもうひとつのことは、もう10日もしないうちに7月が終わるんだな、ということ。あっという間だな。あっという間過ぎて、何がどうってことはないけれど、なんだか切ない気持ちになってくる。

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