よく聞かれること

海士町へ移住した理由

2013年の3月中旬に、島根県浜田市弥栄町から同じく島根県の、隠岐郡海士町へ移住しました。この話は、その場所を出る理由と、新たな土地を決めた理由の2つがあります。

島根県浜田市弥栄町を出た理由

祖父母の住む土地を舞台に、限界集落の視覚化を目的とした作品制作をしていましたが、1年半経った頃から思うように作品制作が進まなくなっていました。理由は作品制作のプロセスにありました。限界集落という言葉を解体し、限界集落という言葉を構成するひとつひとつの言葉(空き家、耕作放棄地、廃校、少子高齢化など)を、弥栄町で写真にすることをしていましたが、この作業は、誰の手を借りるでもなく、自分で調べて撮影までできてしまう、自己完結してしまう作業にありました。もちろん祖父母の協力はありましたが、甘えでしかなく、このまま祖父母と一緒に居たい気持ちと、このままじゃだめだと思う気持ちがありました。

幸いにも、それまで撮った写真をまとめた作品がnikon juna21に入選しました。でもそれも、弥栄町は僕にとってすごく温かい場所だったのに、テーマがテーマなだけに、僕の写真からは不安や不気味さしか伝えることができませんでした。

展覧会ができたことを区切りにして、新たな撮影を始めるきっかけにして、「限界集落」の次は「地方創生」を撮りたい、まちづくりについて撮りたいと思い、新たな場所を探し始めました。

海士町へ移住を決めた理由

有名なところだと上勝町や神山町などがありましたが、正直なところ、まちづくりで注目を集めている地域であればどこでも良かったです。上勝町も神山町もそれぞれ魅力はありましたが、その魅力に興味がわくことはまったくなく、結局、島根県浜田市弥栄町から「最も近いから」という理由で島根県隠岐郡海士町に決めたのでした。