diary

細野さんの影響

18歳のころに島根から大阪に出てきて、写真の専門学校に入学した。そのときの友達に堀井くんという悪友がいて、いろんなことを教えてくれた。そのひとつが細野晴臣だった。のちに何年も使うことになるカメラ「CONTAX G2」を教えてくれたのも堀井くんだった。

18歳のそのとき、初めて細野晴臣の「hosonohouse」を聴いた。一曲目の「ろっかばいまいべいびい」を聴いたとき、カッコ良くて、痺れた。でもまさかそれから、細野さんを辿ってはっぴいえんどやymoを知ることになろうとは思っても見なかった。気づけば、細野さんから始まる、いろんな音や音楽の話に虜になってしまっていた。


この前のトークショーに行ってから、頭の中をずっとトロピカルダンディの「3時の子守唄」が流れてる。

僕の島の暮らしや都市への眼差しも、細野さんのトロピカル3部作がなかったら、これほどまでに続かなかったかもしれない。

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